西田宗千佳のイマトミライ

第297回

iPadはMacにはならない アップル「今後も売れる製品」への準備

アップル本社に設置されたWWDCロゴ

アップルの開発者会議である「WWDC 2025」を現地で取材してきた。今年はアップルのOSにとって大きな節目の年と言える。名称とデザインの統一が行なわれたためだ。

一方でそのことは、経済誌や投資家にはいまひとつウケが悪い。いわゆる「AIでの競争」とは別の軸であるからだ。確かにアップルは、他社と同じ意味で「AIでの競争」の土俵に登ってこない。そのことを「遅れ」と表現するメディアは多い。

そのこと自体は否定できないし、筆者も同感だ。だが、アップルはまた別の側面から自社の強みを強化しようとしている、と考えた方が適切だろう。

今回はその「強み」とはなにかを考えてみたい。

基調講演開始直前には、ティム・クックCEOが壇上に現れて挨拶

デザイン変更で「機器の連携」をアピール

今回のWWDCで最大のトピックは、ユーザーインターフェース・デザインを大幅に刷新したことだ。「Liquid Glass」と命名された新デザインは、昨年発売された「Apple Vision Pro」用OSである「visionOS」から導入された「ガラスを重ねた」ようなモチーフを活用し、より新奇性の高いデザインを目指している。

実はアップル社内にも、実際にガラスで作られた「Hello」ロゴがあったりもする。

アップル社内に置かれた「Hello」ロゴ。もちろんCGではなく、ガラスでできた「実物」だ。
iOS 26。デザインはもちろんLiquid Glass

透明なデザインは過去にも多々あった。それらとLiquid Glassの大きな違いは2つある、と筆者は考えている。

1つは「動く」こと。

写真だけだとわかりづらいが、Liquid Glassはかなり動く。UIに触れると伸縮し、重なっている部分がレンズ効果で変化する。

iOS 26でのLiquid Glassの例
macOS Tahoe 26でのLiquid Glassの例
Liquid GlassのUIを動画で

一般には透明になるとコントラストが減って操作している場所が見づらくなる、という欠点があるのだが、実際に動作を見てみると、スタティックに「透けている」のではなく、液体のように動き、背景に影響されて色も大きく変わる。結果、操作している部分は写真から感じる印象よりもかなりわかりやすい。

開発者向けに情報公開が始まった段階である現状、既存のアプリケーションではそうした要素は薄い。だから、Liquid Glass向けの最適化は必要になるだろう。それがコストに見合うのか、という問題はある。しかし、今後アップルがこのデザインを長期に使うのであれば、対応しておく必要は出てくるだろう。

なにしろ、前回同社がデザインモチーフを変えたのは2012年のことだ。実際には長い年月をかけ、色々な部分に「透明UI」を組み込んできたものの、本格導入にはかなりの時間がかかった。Liquid Glassも今後長く使われる可能性は高い。

2つ目の特徴は「あらゆる同社製品で利用する」という点だ。

スマートフォンとスマートウォッチを販売する企業であれば、どこも一定のデザイン統一は行なうだろう。だが、OSにしっかり手を入れてカスタマイズできる企業は多くない。サムスンやGoogleはそんな企業の1つだが、それでも、すべての製品のUIデザインに手を入れられるわけではない。

だがアップルは、今回すべての製品向けのOSでデザインを統一してきた。それだけで売れるものではないが、各種機能連携も含めた統一感は増し、「アップル製品同士でまとめる」人には魅力が高まるだろう。

Apple WatchでもLiquid Glass
アップル製品全体でLiquid Glassを採用

一気にデザインを変え、ブランド名の末尾数字を年数に統一してきたのは、そうした「多数の製品が連携している」というアップルの強みをより強くアピールするためと考えられる。

特に今年は、MacやiPadに「電話」アプリが搭載されたことも大きい。これらの機器から電話回線へ直接通話することはできないが、近くにあるiPhoneと連動し、電話機能が使えるようになる。これまでも着信での連動はあったが、「電話をかける」「アドレス帳を管理する」といった機能がアプリにまとまったのは大きい。「iPhoneを持っている人にiPadやMacを売る」という基本戦略はより強化された印象だ。

MacやiPadに、iPhoneと連動して使う「電話」アプリが登場

iPadはMacにならず。それぞれがより特化する

一方で、「幅広い製品群」は戸惑いのもとでもある。

その象徴は「MacとiPad」だろう。

iPadは当初から「もっとMacのように使えれば」と言われてきたし、Macは「タッチ搭載でiPadのように使えれば」と言われてきた。実際Windows PCではタッチ搭載がメジャー化する流れもあった。

とはいえ、タッチ搭載PCが必ずしもヒットしていないこと、タブレットはタブレットで市場が構成されていることを考えると、MacとiPadを分けるアップルの施策は正しかった、とみることもできる。

その一方で、アップルはiPadに「クリエイター向けの要素」を盛り込もうとしてきた。画面分割や「ファイル」アプリの強化は、ある意味でiPadのMac化でもあった。

今回、「iPadOS 26」ではついに、iPad上でのアプリをMacのように、マルチウインドウで扱えるようになった。しかも、マウスカーソルは従来のような丸ではなく「矢印」になり、画面の一番上に持っていけば、Macでおなじみの「メニュー」も出るようになった。

iPadでアプリの「マルチウインドウ化」が実現
Macっぽい「メニュー」も実装

ここまで来たらMacと統合し、Mac用のアプリも動くようにしてくれれば……。そんな風に考える人もいそうだ。

ただどうも、アップルが考えているのは「iPadをMac化すること」ではないようだ。

というのは、Macの方はもっと別のベクトルへ進化してしまったからだ。

「macOS Tahoe 26」では「Spotlight検索」が大きく進化した。Spotlight検索はMac内にあるファイルやアプリを検索する機能だが、キーボードで操作することがポイントでもある。アプリの名前やファイル名の一部をタイプし、素早く呼び出すことができる。

アプリなどをキーボードから呼び出す「Spotlight」

macOS Tahoe 26からはそれに加え、アプリ内の機能を直接呼び出す「アクション」や、過去にコピーした内容を呼び出す「クリップボードの履歴」表示にも対応した。

Spotlightからキー操作だけで新規メールを書いて送信することも可能

しかもよく使う機能については、1つないし2つのキーストロークを自分で登録し、最小限のキータイプで呼び出す「Quick Key」という機能もある。

例えば「ボイスメモの録音」に「rv」というQuick Keyを割り当てておけば、アプリを探してアイコンをクリックすることなく、「Command + スペース」でSpotlightを呼び出し、rvとタイプして録音を開始できる。

慣れるのに手間はかかりそうだが、操作をできる限りキーボードで素早く行なう……というのがmacOSのデザインポリシーになってきている。これは、Macがキーボードを必ず備えたデバイスであり、文字入力を中心とした作業を行なうデバイスであるからだろう。

キーボード重視でmacOSはSpotlightを強化した

ではiPadはどうか?

iPadの軸はペンとタッチ。それらを使ったクリエイティビティにある。「ファイル」などの機能強化は、作ったデータの扱いを楽にするという意味合いが強い。

さらに今回、「ローカル収録(Local Capture)」機能と「音声入出力の切り替え」が導入されたのも大きい。

従来iPadでは、ビデオ会議アプリなどでの会話をファイルに録画できなかった。また、音声を入力するマイクの切り替えや、出力するスピーカーの切り替えも面倒だった。これらが実現することで、ポッドキャストやVlogの収録が非常に簡単になる。

従来はMacが必要だったが、今後は場合によってはiPad miniでもそれらが可能になる。

そうしたクリエイティブなニーズは増え続けており、気軽さはより重要なことになってきている。

似ているが価値を分ける、という意味では、アップルの戦略は変わっておらず、「iPadがMacになる」わけではない。

AIも結局は「魅力的なデバイス」の先にある

アップルのAIである「Apple Intelligence」も、結局のところこうした全体戦略の中に位置する。

Apple Intelligenceも継続強化中。スクリーンショットから文脈に応じた処理を行なう機能も

AIは重要な技術であり、その進歩が社会を変えることに疑いはない。他方で、そうなると必ず「AIを使う機械」が必要になる。AIをOSに密結合していくことが求められるが、その前段階では「AIアプリやウェブ経由でのAIを使う機器」のニーズがある。

AI特化デバイスはまだ可能性の段階であり、どこがどうヒットするかが見えてきていない。当然アップルも、自社製品をそちらに寄せていくことを考えているだろうし、その時にはApple Intelligenceが価値を持つ。

しかし結局のところ、アップルのように「ハードとそこに紐づくサービスから収益を得る企業」にとっては、足元のビジネスであるハードの価値がもっとも重要になってくる。それを魅力的にするためのデザイン刷新であり、製品連携であると言える。

開発へのAI連携はもう少し言及が欲しかった気がするが(開発環境とChatGPT連携は発表された)、今年の取り組みとしては「ここまでしか言及できない」というのが実情だろう。

アップルは毎回、先頭は走らない。一方で、マスになるタイミングを逃さず、いけると思ったら止めない会社だ。そうした姿勢が売れ行きに影響してくれば話は別だが、現状すぐにiPhoneやMacの売れ行きに影響するわけでもなさそうだ。

数年先を見据えると、AI連携デバイスの姿がチラついてくる。それは来年から再来年以降の話だろうし、そのためのApple Intelligence開発でもある。そこで「遅れない」ことこそが、ここからの最大のテーマになる。

そう考えると、今年は「来年以降には回せない作業」である、デザイン変更などが重要であり、iPadやVision Pro、CarPlayなど、「改善することで価値向上が大きい」部分に集中した年でもあった……ということなのではないだろうか。

厳しい評価も聞かれるVision Proだが、OSは大幅進化
特に自分を模したアバター機能の「Persona」の品質は劇的に向上した
iPhoneと自動車を連携させる「CarPlay」の進化もアピールされた

デベロッパーにとっては大切なことでもあり、いかにも「WWDCらしい」展開だったと言えるのではないだろうか。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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