西田宗千佳のイマトミライ

第295回

AIに名前がない「AQUOSスマホ」とVGA撤廃「レッツノート」に見る日本市場

AQUOS R10

先週、日本を代表する2つのメーカーの新製品が出た。1つはパナソニックのPC「レッツノート」の新型、そしてもう一つはシャープのスマートフォン「AQUOS」だ。

それぞれに話題を呼んだ製品だが、両者には共通の特徴がある。それは「日本市場に合わせて作られている」ということだ。それがどういうことなのか、まとめてみよう。

シャープが「日本のAndroid市場」で支持される理由

シャープは日本国内のAndroidスマートフォン市場の出荷台数で、シェアトップを維持している。2024年度で8年連続である。

AQUOSは日本のAndroidスマホシェア1位を8年継続

その背景には、ハイエンドから低価格まで適切なバリエーションがあり、数を売るモデルが存在していることが大きい。

今回発表された「AQUOS Wish 5」はそのゾーンの製品である。また同時に、「トップレベルではないが上位モデル」という絶妙なバランスの「AQUOS R」シリーズ最新モデルの「R10」が発売される。

今回発表された「AQUOS Wish 5」と「AQUOS R10」

多数のモデルを作ることは事業規模的に負担を強いるしリスクも高める。しかし、大きなビジネスをするには必須のことでもある。

AQUOS Wish 5

ハイエンドを中心に収益性を重視するメーカーもあれば、数を売ってシェアを維持し、ビジネスの幅を広げることを選択するメーカーもある。

少なくともシャープは、日本国内で数を売ることを選択したメーカーと言える。

では、AQUOSが日本国内で支持される理由はなんなのだろうか?

シャープのブランド力が大きいことは間違いない。また、多くの携帯電話事業者が採用し、そこから購入できるのも大きいだろう。特に「AQUOS sense」シリーズは採用企業が多い。

もちろん、ラインナップだけが支持の理由ではない。

筆者が特に注目しているのは、電話関連機能を中心としたAIだ。

シャープはGoogleと連携して「Gemini」を搭載しつつ、Googleが作らないような部分は自社で開発したAIを搭載する。

以前から留守番電話を書き起こすAIを搭載してきたが、今回は通話内容に詐欺的な内容があると通知する機能を搭載した。

AQUOSには詐欺電話検出機能が搭載に

似たことはGoogleもPixelで手掛けているが、現状は英語での対応となっている。日本でのニーズにいち早くシャープは対応したことになる。

シャープはこれらの自社AIにブランド名をつけていない。先日はソニーモバイルも「Xperia Intelligence」というブランドを導入したものの、シャープはブランド名を「つけない」という。

シャープ・通信事業本部の中江優晃 本部長は「AIを使ってなにかをするというより、『やりたいことに対してAIを活用する』」と説明する。機能自体はアピールするが、それがAIで実現しているとアピールするわけではない。

そういう部分でなにを選ぶかは、結局「日本市場でどのような機能が求められるのか」という視点だ。シャープは日本市場が中心なので、そこをおろそかにするわけにはいかない。

グローバル向けに開発される製品に対して日本向けの機能を追加するには、日本市場が魅力的である必要がある。機能やUIの日本語化はしてくれても、日本にしか要望のない、もしくは日本だけニーズが大きい機能まで対応してくれるかどうか。「確実に日本向け機能を作ってくれる」と100%断言する自信はない。

ある意味でシャープはそういう状況をうまく活かしているのである。

一方でシャープは、台湾を中心に海外市場も見据えている。

シャープの家電が売られていて、「日本のメーカー」であることのマーケティング価値を持っている市場は過去に比べ減っているが、そういった土壌があるアジアから数を増やしていこうと考えているわけだ。

VGAを廃止するレッツノート 日本企業の事情を反映

AQUOSが日本市場で支持されるスマホだとすれば、「レッツノート」は日本市場、特に企業で支持されるノートPCである。「レッツノート」という名称自体が日本以外では成立しづらい語感だが、日本では圧倒的な認知を誇る。

レッツノートSC

そんなレッツノートの新型「レッツノートSC」「レッツノートFC」だが、ミニD-Sub15ピンの「VGA端子」が非搭載となった。そのことにフォーカスしたニュースがSNSでかなり拡散されていたのを目にした人も少なくないのではないだろうか。

個人的な印象で言えば「ようやく」ではあるものの、そこまで驚きはない。VGA端子が求められる機会はまだゼロではないだろう。しかし、流石に減っている。筆者も色々な場所で講演するため、PC/Macをプロジェクターに接続する機会も多い。数年前にはVGAが求められることもあったが、2022年以降、VGAを使った記憶がない。

実際、海外のPCではずいぶん前からVGAがない。NEC PCや富士通クライアントコンピューティングも、2020年までに搭載を終了していたはずだ。

それでもレッツノートは搭載を続けてきた。

今のノートPCはどこも薄型で、端子はUSB Type-CやHDMIに絞る例が少なくない。多数の端子を搭載し、厚めのレッツノートのデザインを「古臭い」「遅れている」と指摘する声は以前からあったように思う。

だが、筆者はパナソニックの選択が「古臭い」とも「遅れている」とも思わない。

日本の企業市場は保守的だ。VGA端子や光学ディスクドライブの搭載はPCのトレンドから離れているが、それを求める企業はあった。教育機関ではプロジェクターの刷新が進まず、HDMIでなくVGA端子を搭載したモデルが10年以上使われる例も少なくない。

グローバルな製品のトレンドが変わっていく一方で、日本の企業市場に特別なニーズがあったのは間違いない。その判断は保守的で古臭い、といえるかもしれない。

しかし、そこに向けて「求められる製品」を作るのはまったく悪いことではなく、それが1つの生存戦略である。

パナソニックがDELLやLenovo、アップルとグローバルで競合する状況にあったなら「日本特化」はマイナスかもしれない。だが、実際問題そういう話ではないわけで、「最も重要な市場」に最適化しているのは当然のことだった。

だが、今はもうVGA端子のニーズも減った。最新のプラットフォームにリニューアルしていく中で「決断する」時期が来た、というだけの話である。

一方でパナソニックのPCには「タフブック」もある。こちらは世界中の「タフ」な環境で使われる、業務用製品として支持されている。

現在のタフブックにはVGA端子はない。レッツノートより先に、2022年には廃止された。世界的な潮流は、世界で売れる製品では先に取り入れられていたのである。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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