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施行近づく「スマホ新法」 競争促進の実際や消費者保護への指摘も

グーグルやアップルなどの大手テクノロジー企業等を規制する「スマホソフトウェア競争促進法」(スマホ新法)が25年12月18日に施行される。5月には運用ガイドラインが公表され、パブリックコメントを受け付け中だが、影響範囲も大きく課題も指摘されている。

3日開催された、NERAによる報道向けの勉強会では、新法の影響や課題について専門家から解説された。

スマホ新法の狙い グーグルとアップルで異なる立場

新法の目的は、プラットフォーム事業者による市場支配的行為の是正、公正な競争の促進、消費者利益の確保など。スマホのOSやブラウザなどは、「社会インフラ」のような重要性を持つ一方で、大手事業者による寡占状態となっており、新規参入による自発的是正は難しい。また、独占禁止法による個別対応では長い時間を要するため、「新たな枠組みが必要」という考えのもと、新法が導入される。

アップルとiTunes株式会社、グーグルの3社が対象企業として指定されており、OS、アプリストア、ブラウザなどについて、事業者は法の規定に基づき、禁止事項や遵守事項が課せられる。

5月にガイドライン案が公開され、施行に向けた準備が進んでいるが、影響や課題についての指摘もある。NERA東京事務所代表の石垣浩晶氏は、スマホ新法が、競争を促進し、アプリ開発事業者が抱える問題を解決し、消費者の利益をもたらす、という政府の目的にかなったものかについて疑問を呈す。アプリストアにおける手数料30%は、スマホ以前から存在したもので、PCゲームや家庭用ゲームのチャンネルとほぼ同じ料率であり、電子書籍などよりは安いケースもある。「アプリストア」だけが特別高いわけではない、という見解だ。

同法ではハードウェア、OS、ブラウザ、アプリストアなどを「垂直統合」する戦略を「反競争的」とみなしているが、規制対象となるグーグルとアップルの事業も大きく異なっている。グーグルは広告が主要なビジネスであり、アプリストア開放にも一定の動機があるが、アップルはハードウェア販売が軸で、アプリストアは開放していない。そのため、両社の間を見ると「アップルに不利」な法律になっている。

スマホ新法は、アプリストアの競争促進を念頭に置いているが、グーグルとアップルというプラットフォーム間の自由な競争を歪める効果があるとする。

アップルとグーグルで異なる立場

同種のプラットフォーマー規制として、先行して欧州で導入されたDMA(デジタル市場法)では、アプリストアの手数料低下といった良い面も認められるが、アプリのバラエティ増加などの目論見が果たせているかは未知数。欧州委員会では25年以降に検証予定だ。また、DMAの悪い面としては、新しいアプリストアでポルノアプリや著作権を侵害するアプリの販売が行なわれたことや、新規アプリストアのプライバシーや青少年保護の弱さなども認められている。また、DMAへ対応するために、アップルやグーグルらが欧州へのサービス展開を遅らせる傾向も見えてきている。例えば、Apple Intelligenceの欧州導入の遅延などだ。

日本におけるスマホ新法導入でも、こうしたポイントを確認していく必要がある。なお、スマホ新法においては、セキュリティやプライバシー保護、青少年保護などの観点で、例えばアプリストアの削除などを行なうことが認められており、アップルが不利になる問題はある程度解決されているとする。

青少年のフィルタリングや消費者保護の課題

インターネットユーザー協会 代表理事の小寺信良氏は、青少年保護の観点からみたスマホ新法の課題を指摘する。青少年インターネット環境整備法では、18歳未満の青少年の携帯電話端末にフィルタリングを義務付けているが、iPhoneの場合はブラウザエンジンがWebkitで統一されており、現在どのアプリを使っていてもフィルタリングが機能するようになっている。

スマホ新法により、WebKit以外のブラウザエンジンを搭載したアプリが出てくると、フィルタリングが機能せず、違法・有害情報にアクセスできてしまい、フィルタリングの実施が難しくなる。その他手段での対策も難しいため、「フィルタリング動作の対策が明確になるまで、青少年の所持する端末ではスマホ新法の適用を除外すべき」と指摘する。

スマホ新法で、青少年の「フィルタリング」が困難に

加えて、現在社会問題となっているオンラインカジノにおいてもフィルタリングは有効な手段であること、また多くのオンラインカジノはアプリ化されており、新法が実施されるとストア上での制御が難しくなることも課題とする。そのため、オンラインカジノ対策が明確になるまで、法施行を延期すべきとした。

消費者保護についての課題を指摘するのは、ひかり総合法律事務所の板倉陽一郎弁護士だ。法案やガイドライン案において、直接的に消費者保護にふれる部分が少なく、保護の対象が限定されているとする。例えば、サイバーセキュリティの確保等(法律の条文)では、消費者保護が直接入っていない。また、「利用者に係る情報の保護」の対象が「情報」に限定されており、「青少年の保護」は、客体が「青少年」に限定されているなどだ。

また、新法の前提が、競争喚起とともに「消費者の選択肢を増やす」こととなっている点にも疑問を呈す。選択肢が増えることで認知負担が増加し、結果として消費者の負担につながる可能性があること、また決済の選択肢が増えた場合も、「どこで契約したか把握できない」といった課題を生むことになる。複雑化するサポートや返金プロセスなど、新法が生む新たな課題への対応も必要となる。

セキュリティや競争上の課題も指摘

アプリストアの開放義務化により、不正アプリがインストールされるといったリスクの拡大も見込まれる。不正アプリにより、メールや通話、メッセージなどのプライバシーや資産情報の流出のほか、SNSやネットバンクへの不正アクセス、位置情報、健康情報の悪用といった問題はすでに顕在化している。また、攻撃側のエコシステムも発達しており、GitHubで攻撃ツールなども公開されている。

現状、不正アプリについてはアプリストアでの審査とインストール後の保護が行なわれている。Android/Google Playの審査は緩いものの、インストール後のウィルス対策のGoogle Playプロテクトが用意されている。また、iPhoneもAndroidもサンドボックス環境によりセキュリティを確保している。

新法導入により、大きな影響を受けるのはApp Storeとなるが、「これまでは、iOSは安全に寄せて、Androidは自由という棲み分けができていた。無理やり開放することは競争促進なのかは疑問がある」(八雲法律事務所の山岡裕明弁護士)とする。

競争上の課題を指摘するのは大阪大学 経済学部の安田洋祐教授だ。スマホ新法が是正しようとする「不完全競争」(独占・寡占)の問題を過度に重視している可能性があると指摘する。

アプリストアについては、手数料がアプリの売り上げに対して比例的に課せられるため、アプリ価格にそもそも転嫁されにくい。そのため、仮に既存ストアの手数料が現行の水準(15%または30%)から引き下げられたしても、消費者への恩恵は短期的には無いと見られる。

加えて、アップルとグーグルとの間でも違いがあり、グーグルは広告仲介の最大手プラットフォームとして、手数料を30~40%徴収する立場であり、アプリの無料化を進めて対応できる。一方、アップルは広告事業を持たないため、この2社においても同じ法律への対応でも異なる立場となる。

また、アップルやグーグルがストアを健全に保つインセンティブを損なわれる結果、セキュリティやプライバシーに対して脆弱なアプリが蔓延する、といった懸念もある。規制により、課題がより深刻化する危険性も見ていくべきとする。

出席者からは、セキュリティ面のリスク拡大のほか、競争政策としての懸念点も多く指摘されていた。スマホ新法の目的の一つが、選択肢を増やすというものだが、Androidにおいては、以前からAmazonやサムスン、auなどのアプリストアも存在する(していた)が、利用は低調で競争が機能していたとは言い難い。そうした先行例が反映されていないのでは、といった指摘も行なわれた。パブリックコメントは6月13日23時59分まで受け付けている。

臼田勤哉